上を下への (お侍 習作113)


        〜
お侍extra  千紫万紅 柳緑花紅より
 


        



 野外は勿論のこと、家屋・建物の中で感じる夜陰の暗さとも、どこか異質な密閉感がする闇が延々と垂れ込める。全方向…というには、前後に伸びている道筋の方向だけは微妙に違うが、上下左右を分厚くてみっちりと密度のある岩盤にて蓋されているのは事実。その巌とした質感や重々しさから閉塞感や圧迫感を覚えつつ、それもまた鍛練の末に身につけた代物か、日頃は威風堂々とした態でおわすその存在感を、薄闇の中へと溶かし込んでの“無”と帰して。ところどころに灯された篝火の明るさを見つけるたび、一応の警戒をしつつも、足音も消しての疾風のような身ごなしで先を急ぐ壮年殿だったりし。

 “…。”

 地中へ伸びる坑道や隧道がらみの突入劇と言えば、いつぞや連れが無謀をしたのを追ってという、ちょいと奇天烈な活劇があったのを、ふと思い起こした勘兵衛だったのは言うまでもなかったが、(参照『
紅双華妖眸奇譚』)
『これこそが唯一にして最大の難関になっておるのが、攫われたお人らは、恐らく一番深い奥向きへ押し込められておろうこと。』
 そここそが 連中に“お宝ありき”と思い込ませている作業の現場でもあるし、そこから監視を振り切って1つしかない地上への出入り口まで、途中に山ほどたむろしていよう、いかにも荒くれな賊らを掻いくぐって無傷で到達し脱出するなぞ、まずは不可能だろうから…という。暴虐な力もて監視する側な連中の思いついた構えなぞ、素人にも造作なく判ることであり。相手の陣営の内部配置がそうだとすれば、水攻め・火責めで追い立てる策は肝心な人質が一番危険だろうとあって使えない。先にも述べたが、岩盤が相当に脆いため、こちらの気配を察しての籠城されたのへ説得交渉を構える…などという気の長い策も取れないとあって。そんな難関を前にしては何とも手も足も出ぬらしき ここいらが担当の役人らから、半ば泣きつかれたのだと弦造殿は苦笑をし、
『やたら功績を披露して名を上げるのも考えものだの。』
 腕を見込まれ、頼られるのは悪くないが、さりとて次々に難度の高いことを持ち込まれるようになったのが計算外。強力な催涙弾や煙幕弾を投下するだの、はたまた食事や飲料水への細工だのという、人的攻略という方向からの手も考えなくはなかった捕り方連中らしかったが。それだと やはり人質を巻き込みかねぬし、相手陣営が一斉に倒れてくれねば、結局は人質を楯にされるだけで意味がないからと諦めてもらい。出入り口が1つしかないならば、賊もまたそこからしか出ては来られない。そやつらが何処ぞかへ紛れてしまわぬよう、せめてそちらの取りこぼしはせぬようにと、応援に来たった捕り方への手配を打っての、さて。
『最後の“外出”が一昨日の晩。この頃ではそうそう頻繁には出てゆかぬとのことだよって、外の包囲網を嗅ぎつけられよう心配も、今日明日の内にはないと思われる。』
 そこでと、弦造殿が構えた策による、夜陰に紛れてのひと仕事。たった3名による 数十名単位の人質救出作戦が始まった。




 乾いた土まんじゅうのような山ひとつ以外、見渡した当分の範囲のどこにも何もない殺風景な荒野は、いかに それ以外には得るもの生むものがない土地かを知らしむるかの如くでもあって。恐らくは地中を走る鉱脈が、土地の滋養を食うのか慈雨の捌けを悪くするものか、雑草の茂みさえ育たぬとは凄まじく。
「こうも雨が少ない土地じゃあな。」
「代々の坑夫が使ってた水路がなけりゃあ、俺らだって干上がってたとこだぜ。」
 少ない降雨を溜めるのか、はたまたどこかの泉から定期的に汲んで来た池でもあってのそこから引いたそれなのか、出入り口の傍らに石を穿った手水鉢
(ちょうずばち)が据えてあり。随分と煤けた柄杓で水を飲んでいた見張りらしき2、3人が、他愛ない言を交わしていたのだが、どこやらからの風が一陣、さっと吹き抜けて行ったそのあと、

 「…っ。」

 そやつらが一瞬にしてばたばたと地へ頽れ落ち、何も言わなくなってしまった。そしてそんな彼らの代わり、

 「よしか? 連絡は最終地点から電信器にて手短に。
  それと、蛍光石を残しつつ、先へと進むのを忘れぬように。」

 そんな示し合わせをする秘やかな声音があってのすぐさま、岩屋の中へと開いた洞口に灯されてあった篝火が、大きくゆらりとはためいて。それが照らすことで抉った岩の陰が躍っただけにしては、随分と大きく内側へと逸れてった黒い塊が三つほどあったが。最初の三叉路で飛び散るように分かれて消えた。

 ―― 夜陰に紛れての突入を敢行し、
     その後はその気勢の加速をもってして、
     出来るだけ騒ぎを起こさぬままに一番奥まで到達すべし。

 坑道内は、鑿掘物を運び出す台車の使い勝手のため、結構幅広であるにもかかわらず、明かりが煌々と灯されている訳ではなし。ましてや、坑道にたむろする連中は軍人や思想組織の人間じゃあない。
「…え?」
「どうした?」
「いや、今 何かが通ったような。」
 能力や人望の差からの上下関係くらいはあるかもしれないが、所詮は無頼の賊らの寄せ集め。統制や規律に縛られている身ではなかろうし、数日前にもどこぞかを襲撃にと出かけたほどで、州廻りの役人らが此処へと目をつけた包囲網には気づいておらず、そんなこんなで今のところは警戒も薄い。だからこそのちょいと無謀な潜入作戦であり、まずは一気に最奥までを到達すること。そしてそこに虜囚とされた人々を発見したなら、それらの前へ立っての楯になりつつ、賊どもを薙ぎ払っての鬼ごっこよろしく、敵を追い上げ追い立てて、ここから根こそぎ追い出しがてら そのまま外へまで飛び出してしまえという。

  ……もしかして、
    弦造殿の親類に菊千代という名のおのこはおりませぬかと
    ついつい訊きたくなるような

 至って大味、策とも呼べぬような乱暴極まりない手立てではあったれど。だからと言って、何とも無体な力技よと一笑に付すばかりでも無さげな代物ではあって。例えば、
『相手陣営での連絡手段は、地中のことゆえ打板を叩いての合図か口伝えの伝令のみらしいのでな。』
 少しずつ使用可能範囲が広がりつつある電信機による通信は、地上の各所にある中継機経由となるので、地中へまでは電波が届かず使えない。ただ、こちらの面々が手にしているそれは特別誂えの携帯型なので、広域用としてではないモードへと切り替えれば、遠くへ飛ばさずに済む分の出力の厚みを変えられるのだとか。よって、地中だろうが間に岩盤が壁となって立ち塞がっていようがお構いなし、互いへの交信が可能なそれと化すとのこと。よって、各人の姿さえ望めぬほどの離れ離れになっていても互いの位置は電波反応の強弱で探れるし、脱出の段に至っても、初見も同然の不案内な坑道が迷路になっていても、そちらはそちらで突入時に足取りを残した格好で撒いた“蛍光石”を辿れば済むこと。
『成程の。』
 単なる破天荒にも聞こえるが、手掛ける面子は保証付の綿密な計画がないと動けぬ性分の顔触れでなし。此処へと顔を揃えたが、名実ともに飛び抜けた“練達”だからこそ取れた方策だとも言え。大きな坑道は都合3つあるらしいので、そのどれへと人質が集められていても対応出来るよに、各々に分かれての単独行。弦造殿から一通りの策を聞き、電信器の波長調整を終えたところで、

 『久蔵。』

 此処からは各自の判断での行動となる相方へ、わざわざ名を呼んでという声をかけた勘兵衛殿。天穹に宿る望月の蒼光を受け、どこか妖しく染まったお顔を年若い連れ合いへと向けており。また何をあらたまって言っておきたいことがあるのかと、弦造殿が意識を止め、久蔵もまた、薄暗がりの中、その痩躯を優美に伸ばしたままで、肩越しに振り返っての立ち止まれば、

 『多少なら斬り伏せてもよいぞ。ただし、岩盤には響かすな。』
 『…。(承知)』

 端的な言いようへ、そちらさんもまた“判った”と短く顎を引いて見せただけ。そのまま一番手として左端の通廊へ飛び込んだ痩躯を見送りつつ、
『勘兵衛殿?』
 人目を憚らぬ甘い睦言を交わされても困ったが、今のやりとりにも引っ掛かる点が少々。それだと少々勝手が違って来ぬかと感じたか、やや?と小首を傾げた弦造殿への補足弁明も忘れない。曰く、
『あやつの俊足や瞬発力に追いすがれるだけの反射をこなせよう者は、そうそうおるまいよ。』
 ふふと口許だけで小さく笑うあたり、そうそう誰ぞかを軽んじての蔑むような性分
(たち)とも思われぬ男の言いようである以上、これもまたある意味で惚気と解釈出来んでもなかったものの、
『何物だか得体の知れぬ妖異が、擦れ違いざま魂を喰らうてゆくとか。何だか妙な気配がするという程度の騒ぎなら、起こしてくれた方がむしろ重畳。賊らの注意も集めてくれようしの。』
 あの短い言いようでそこまでを任せたと聞いては、さすがに弦造殿も黙ってはおれず、
『だが、もしも…彼が飛び込んだこの坑道こそが、虜囚の集められたるそれだったらいかがする。』
 それでは注目が集まった彼の上へ、全ての負担が覆いかぶさってしまうだろうにと案じてやれば、

 『それこそ追いつけよう筈がないのだ。
  駆け抜ける気配へ先んじて、その前へと回り込めなどすまいよ。』

 見張りを薙ぎ倒したら、そのまま踵を返して反転し、こちらが追う側に回るという作戦には何の支障もないはずと、涼しいお顔で言い放つ壮年殿であり。成程、理屈ではそうかも知れないが、

 “…恐ろしい御仁よの。”

 いくらその実力を心底理解している相手だとはいえ、恐らくはそれと同じほど深い情をも授けた者を。そうまで危険な“囮”にしてしまうこと、こうまで厭わない男、見た目以上に年経た身の弦造殿でも ついぞ覚えがなく。薄っぺらで我が身大事なばかりの半端な人物の所業であるなら頷けもしようが、ここまで仁徳に厚く、人を好もしいとする性分の男が、そのような淡とした面まで持ち合わすとは。
“男同士、もののふ同士の絆であるがゆえ、ただただ愛おしいだけでは済まぬ、矜持を重んじて妥協の挟まらぬ、冷酷な面もあるというところかの。”
 単なる男女の愛の交歓とは次元の異なる面もあるということかと、彼らなりの恋情の有り様へ、こそりしみじみと感じ入ったところで、
『さて我らも行くぞ。』
『ああ。吉報もて相覲
(まみ)えようぞ。』
 短いやり取りを末は声だけ交わし合い、やはりそれぞれの受け持ち、薄暗い坑道へと飛び込んだ残りの二人だったりし。

 “相手の頭数は、攫われた村人の数より僅かほど多いらしいと聞いてはいたが。”

 最も警戒が必要だろう出入り口でのひと騒ぎにすら、何ごとかと呼応する気配がなかったくらいで、
“いかに烏合の衆であるかの現れというところであろうかの。”
 役人らが、そして弦造殿が慎重に構えていたのが気の毒になるほど、彼らの念入りな警戒が勿体ないほど、緊迫感というもの感じさせない連中であり。ところどころに焚かれた篝火の大きさに、すわ張り番が立っておるものかと息をひそめて窺ったところが、それを明かりに何やら博打に興じて盛り上がっているようでは。たとえ久蔵が洞窟の根太を抜くほど暴れ回ったとしても、それで落ちて来た天蓋が頭へ当たるまで気がつかぬのではなかろうかというほどの緩みぶり。

 “…となれば。”

 弦造殿には、久蔵をのみ おとり役にするような言いようをしたものの、あれにはもう一つの含みがあって。この侵入にもしも気づかれたとして、あまりに見知らぬ存在が、しかも奥へ奥へと突入を敢行中と知れば、お宝大事から“敵襲か!”と立ち向かう気の荒い者が大半ではあろうが。もしやして…騒ぎに出遅れた者があっての取りこぼし、騒ぎが収まるまで引っ込んでて隠れていようと講じるような、要領ばかりがいいよな奴が、この中にだって居ないとも限らない。そういう輩の場合、ただ本人のみが隠れていようとするだけならばさしたる問題もないのだが、のちの逃亡への楯にと 何人かでも人質を手元へ別個に匿われでもしたらば一大事。よって、

 “ここいらで よしか。”

 半ばを過ぎた辺りと踏んだその途端、今度はその気配を故意にあからさまにしての疾走を始めた勘兵衛であり。固い地盤をわざとに蹴立て、砂防服の裳裾をたなびかせる影もありありと隠さず、風を撒いてという勢いをあらわにしたままの軽快俊敏な突進は、

 「だ、誰だ、今のはっ!」
 「何だなんだっ?!」

 ざわめき始めた気配を聞きつつも、闇に紛れたかと思えば、時にはわざとに足音響かせ。出合い頭に顔を鉢合わせてしまった格好の幾たりか、怯むことなく擦れ違いざまに切り伏せもしつつ。そんな撹乱行動を手がけながら、駆けて駆けて駆け降り下った坑道の一番奥向きまで到達するのに、どのくらいの刻がかかったものか。さして息を切らすこともないまま足を止め、水平な坑道が連なる平坦な階層だというのを確かめると、窟道の前後を見渡してみる。すぐ頭上のざわめきが追って来るまでさして時間は掛かるまいが、そんなことに焦るようなこともなく、

 「…向こうか。」

 何かしら聞きつけた方向へ、再び足を速めたその先。さすがに警戒の打板を打ち鳴らす音が聞こえ始めたそれとの競走になりながら、上と比べるとやや薄暗い坑道を進めば、

 「…っ。」

 その通路の突き当たり、粗末な丸太組みの格子柵で仕切られて、狭い窟の中へと押し込まれた人々をとうとう見つけ。闇に紛れる擬態もどきにと まとっていた、暗色のマントをかなぐり捨てての正体現した勘兵衛の姿へ、慌てふためく面子の多いこと多いこと。

 「あれは…もしかして褐白金紅の片割れじゃあねぇのか?」
 「何ぃ? とうとう此処にも彼奴らが来やったかっ!」

 “人を死神のように言う。”

 苦笑が絶えなかったは言うまでもなく、とはいえ、今はその方が好都合。遅ればせながら警備を固めたらしき、矢来格子の前へと居並んだ頭数へにんまりと笑う。誰ぞの侵入の気配を察知し、それは攫った農民らを助け出しに来た者に違いないとの警戒が、遅ればせながらも、ここいらを担当していた連中へ直接届いた結果だろうからで。

 “これで、
  抜け駆けを企む輩が勝手に何人か引き抜いてゆけたような隙は失くした筈。”

 力自慢には理解不能な段取り。人質を檻の中から出そうとは、さては貴様、役人のイヌかと逆に疑われるのがオチな振る舞いを。それでも実行出来る度胸まで持ち合わせているほどの器の者が、こんな陳腐な一団の愚行に付き合って、いつまでも紛れ込んでおれる訳もなく。
「…いかにも。我は褐白金紅の片割れ。悪党どもよ、容易なことでは逃れられんぞ。」
 そのまま腰の得物を抜き放ち、せいぜい芝居がかった物言いを叩きつけ、袖ごとからげて頭上へ振り上げたその腕が、ぶんと大きく風を切り、獰猛な唸りをおびて落ちて来たのを見ただけ聞いただけで、

 「ひ、ひいぃいぃぃっっ!!」
 「本物だ、本物の褐白金紅だっ。」
 「あの大太刀の意匠、聞いたことがあんのと寸分違わねぇし。」

 こういった賊らの間では、一体どんな連絡網があってどんな取り沙汰がされているのやら。恐らくは別の現場や別の機会に、既に姿だけは見た者が運よく逃げ延びてのばら蒔いたそれなのだろが。
“それをもってして“確かに”と断定されていては世話はないがの。”
 まったくです。
(苦笑) 下手に頭数がいるものだからか、一斉にかかろうとはならず、お前が行けよと譲り合うほど遠巻きになっての、既に逃げ腰の及び腰な連中であり、
“これはこれで埒が明かぬ。”
 ぐずぐずと睨めっこをしていてもしょうがない。こんな輩が相手でも“一刻を争う仕儀”と構えたは大仰な話ではなく。こうしている内にも上からまで手勢が集まれば、それはそれであらぬ度胸を決めての形勢逆転もしかねぬからで。

 「…。」

 足元の岩盤へと、叩きつけるほどもの勢いで振り下ろした大太刀を、今度は両手持ちにすると腰を据え、その切っ先をだけ鋭く見据える。すると、たちまち周囲の空気が密度を増して、
「な…。」
「何だ、こりゃあ。」
 篝火が鉄籠のなかで風を受けたように躍り上がり、遠い遠い耳鳴りがすぅっと音量を上げての きぃぃいぃぃぃんんと、それは鋭いいななきを聞かせ。はためく炎に照らされて、彫の深い壮年殿の風貌が、ますますのこと厳つくも重々しい妖しさを増したその途端、

  ―― ぴきぱき・ちりり…ぱきき、と

 堅い堅い何かしら、金属が弾かれての立てるよな高い音がし、それが氷のように呆気なくもひび割れて砕けてゆくこと、知らしめる残響を。窟内の中へとこだまをまとわせ、響かせたのを追うように、

 「わっ!」
 「…ひぃっ!」
 「な…なんだっ!」

 既に何かしらに魅入られたようになって、呆然自失の態となっていた雑魚どもが、自分の腰やら手元やらでいきなり弾けた衝撃に、手を叩かれて飛び上がる。目にも止まらぬ言わば居合いで、随分と手加減して撫でてやっただけ。切っ先が触れた端から、剣や蛮刀、銃剣の銃身などなどが、強烈な波動の振動に遭っての破砕分解した結果であり。

 “胴を輪にと叩き斬ってしまっては、場所を塞がれて面倒だよってな。”

 それと、その向こうにて固唾を呑んで成り行きを見守りつつも震えている、善良な民らへの脅威にもなりかねぬ。これから外へ駆け出さねばならぬのに、あまりに惨い情景を見せつけては意味がない。

 「あ…。」
 「あ、あ…。」

 そちらは何ぼでも脅えてかまわぬ賊どもが、じりじりと後ずさりをしたがってだろう、まずはの腰がますます引けているのへ、
「ほれほれ、逃げぬと尻から斬り裂くぞ。」
 過激な牛追いよろしく、威嚇のために ぶんっと大太刀振りかざしてやれば、

 「ひっ、ひぃいぃぃっ!」
 「邪魔だっ! どけっ!」

 やっとのこと、我先にというみっともなさも丸出しの態にて、逃げ出した賊らを見送ってから。さてと、矢来格子と改めて向かい合う。此処までのやり取りを見る限り、自分たちを助け出して下さる御方との把握が虜囚の方々にも伝わっておるらしく、

 「少しほど下がってもらえるか?」

 すがるようにしがみついてた檻の格子から離れよとの指示だと気づいてのこと、素直にしたがって後ずさって見せたのへと速やかに呼応して。先程までは豪快な振る舞いを見せての乱暴に、ぶんぶんと振るっていた大太刀を。今度はそれは静謐にも厳然と、目線の高さの正眼に構えて留どめたお武家様。
「…。」
 どれほどの逃げ足かと呆れるほど、もはや遠い遠い引き潮のように遠のいた、賊らの立てる喚声や罵声の群れが、それでもまだ聞こえるかと感じたほどもの沈黙で見守れば、

  ―― ひゅっ・か、と。

 目にも止まらぬ疾風旋風、窟内に閃いて宙を舞い。長く延ばされた蓬髪や、衣紋の袂すら揺すぶらぬままながら、それでも確かに堅いものが叩かれたような音がしたその証拠。細丸太を組んだ頑丈そうだった矢来の格子が、すぱりすぱりと刻まれて。ホウキの柄のようなただの棒となり果て、がらがらと耳障りな音を立てながら足元へ次々に落ちてゆく。足止めしていた垣根が消えて、押し込められていた人々に わっという喜色の声が小さく上がった。

 【 勘兵衛殿、聞こえるか。】

 懐ろに収めた電信器からの声がした。手持ちは2機であったが、弦造殿には何と至近仕様のちゅうなーに限ってはその体内に内蔵されているとのことで。ゴーグルの端から引っ張り出したインカムマイクへ話しかけているように見せかけての、手ぶらのまんまの独り言、こちらの携帯機へと通信を送っている彼であり、

 「おお、弦造殿か。こちらが本命であったようだ。」
 【 らしいの。
  こちらの坑道からそちらへ向かわんとする賊どもの流れでそうと判った。】

 大方、勘兵衛が故意に示した気配によって起きたざわめきがそちらへも届いて、怪しい侵入者を叩きのめせとしてか、虜囚たちを奪われてはなるまいぞと思うてか、援軍に雪崩込もうと構えたのであろう。

 【 そやつらを叩き伏せつつ そちらへ向こうておるところよ。
   出合い頭に敵と間違えて斬り合わぬよう、せいぜい用心致しませい。】
 「おうさ。」

 脱出を優先と、勇ましくも駆け始めながらの交信、ひとまずはと切ったその途端、その機体の端に小さなランプがちかちかと灯った。さては久蔵からの知らせかと、受信のボタンを押したが、

 【 …。】
 「久蔵か? いかがした。」

 虹雅渓との交信も数多こなして来た彼のこと、扱い方を忘れた訳でもあるまいにと、怪訝に思ったその間合いへ、

 「…っ!」

 ちょうど真横から、何かしらの気配がぐんと勢い良く盛り上がって来。はっと何にか気づいた勘兵衛、駆けていた足を止どめ、そんな自身の体で後続の民らをも圧し留める。制止の声さえ惜しんでという動作に遮られ、頼もしい背中へ次々ぶつかる面々が、どうかしましたかと訊く間もあらばという、すぐ次の刹那に、

  ―― どんっと弾けたは、横手の壁。

 丁度 篝火が焚かれていた間近だったので、何が起きたか目に見えたからまだ良かった。こんな爆発もどきが暗がりで突然弾けていたら、連れていた民らは間違いなく恐慌状態に陥ったろうから。一体何が爆発したやら、岩盤が脆いと聞いたのに誰が何してこんな衝撃をと。地震もどきの振動まで伴った横方向への岩盤の炸裂に、広い背で非力な民らを庇いつつ、じっと目を凝らしていた勘兵衛だったが、

 「…。」

 もうもうと吹き込む砂塵が、それでも案外とすぐに落ち着いて。じゃりと砂踏み進み出て来た誰ぞかの足音がし、
「ひぃ…っ。」
「お、お武家様っ!」
 身を縮めて隠れる虜囚の面々にしがみつかれた壮年殿へこそ、じろりと鋭い視線を投げて来やったのは誰あろう、

 「久蔵…。」

 何だ何だ、その背中に一杯背負ってる輩どもは。そんな助け方をするとは聞いてないぞ、まさかにその腕へ抱えてた奴までいたのではなかろうな…とか何とか。色々と剣呑そうな意を含んでいそうで威嚇的な、一部の人々へは十分能弁な眼差しを差し向けて来るのまでは読めたものの。今の今、一体何が起きたのかがさっぱり判らない勘兵衛へ、

 「…先手を打ったまで。」

 ずぼらにも言葉を惜しんだ久蔵だったが、
「…。」
 彼より先んじてこちらへ倒れ込んで来たらしき存在があっての、今は足元へ伏しておるのを地べたへ見下ろした勘兵衛。いかにも無念と書かれているかのような、無精髭まみれのむさ苦しい顔の上、パタリと落ちた当人の手が握るはキツネ色の紙にくるまれた細長い包み。どう見ても…土木工事に使われる破砕用の爆薬であり、
「つまり、この男が爆薬に手を伸ばしたので、それよりはマシかと叩き切ったと?」
「…。(頷)」
 彼もまた、本命である別の坑道へと助っ人に向かわんとしていた輩を片っ端から薙ぎ払いつつ、それまでこなしていたオトリの役目を中座して脱出へと踵を返していたところ。そんな彼を引き留めようとしたものか、物騒なもの、かざした輩が出たがため、制止せんとして勢い余って壁まで切ったらしかったが、坑道ごと一気に爆破されたよりは確かに上々。とはいえ、自分も結構大胆不敵なところから、若いのの破天荒な行動にも多少は慣れてたはずの勘兵衛でさえ、あまりの驚きから せいぜい立ち止まることしか出来なんだほどの、取った手段の過激さと瞬発入れずな即決ぶりであり。ちょっと手がすべっただけで岩盤へ風穴空けるような佳人というのは如何なものか。

 “兵庫とかいったか、あの御仁も随分と苦労をなされたことだろな。”

 いや、今頃ねぎらわれても。
(笑) 虹雅渓の警邏隊本部にて、くしゃみくらいはしてるでしょうか、兵庫さん。(苦笑)






←BACKTOPNEXT→***


 *相変わらずにドタバタさせてます。(苦笑)
  しかも、まだ肝心なところへ辿り着いてないのですが、
  あんまり長いのでここで切ります。
  にしても おっかしいな〜。
  こんなにも尺が要るようなお話じゃなかった筈だのに。


戻る